忍者ブログ
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
リンク
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
RSS
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 まるっと実話だったりします……。

 誰だか分かっても、黙っててくださいね……。




 



 駄目なんだぁ、と彼女は言った。

 降ったり止んだりを繰り返していた初雪は、午後八時を目処に本格的に吹雪いた。ただし細かく、照明の下でしかその姿が見えない雪は、暗闇を歩く自分たちにはその実感が無い。露出した唯一の肌、顔にその身をぶつける事で存在を誇示していた。

 初雪、と言っても、実際は自分が今年初めて認めた雪、というだけで、実際は一週間ほど前に降ったらしい。見ていないが。

「雪はさぁ、思い出すんだよね」

「……元カレさんのことかい」

 もう一ヶ月も前になるか、彼女から、長いこと付き合っていた彼氏と別れた、という話を聞いていた。

「うん」

「そうかい」

 よくある、「もう飽きちゃって」という気分屋の自慢染みた報告とも、「浮気されたんだ」という悲劇のヒロインの泣き言とも、彼女のそれは違っていた。

 彼女は付き合っていた当時、彼氏のことを「相方さん」という呼び方をしていた。半ば同居人であるらしい恋人を示すその呼び方は、気負うところが無く、でも少し恥ずかしげに、優しい響きを伴って発せられていた。

 のろけ、というには、彼女が時折彼のことを語る口調は、あまりにも自然だった。

 恋人というよりは、家族を語るようであった。

 聞いていて不快になることが一切無い。聞いているこちらが幸せになるというのは、おそらくこういうことを言うのだろうと思った。

 悩むことも少なくなかったようだが、それでも、この先の将来、彼らが一緒にいることを、他人事ながら望まずにいられないと、そう思ったものだった。

 だから、彼女が「別れた」といった時、少しばかり裏切られた気分になったのは、事実だ。

 無関係な自分が、非常に身勝手なことではあるけれど。

「このまま一緒にいたら駄目になる」というのが彼女の言い分だった。とすれば、彼女が振ったという形になるのだろうか。

 よく、彼もそれで納得したものだ、とその時は思った。正直彼女は見場良く優しい女性である。抜けている、と自分ではいうけれど、それは魅力のひとつであって、決して欠点ではなかろう。

「彼にはもっと可愛い娘がお似合いだよ」

 そうも言った。

 君より可愛い娘なんてそういないと思うけど、と思ったことは言わなかった。女の女に対する好みと、男の女に対する好みは別なのだ。

 自分はなるべくそのことについて言及しなかったが、その時自分以外にもひとり友人がいて、その娘に聞かせる為も含めて話していたようだった。

 もし自分と彼女と二人だったら、おそらくここまで聞き出せてはいないだろう。

 というより、聞き出そうとも思わなかったろう。

 時折彼女と二人で帰る時があるが、非常に珍しいことに、彼女とは沈黙が続いても不快にならない、むしろその沈黙が心地よい間柄――彼女もそうであるかどうかはわからないが――だった。

 そういう相手の時はなるべく、沈黙を楽しむのが自分のルールだった。もちろん、そういう相手とは会話をしていても心地よいので会話が続けばそのまま喋るのだが。

 だが自分は彼女に対して、不必要なほどに、相手のことを尋ねないようにする、という姿勢を貫いていた。それは彼女がまだ彼を相方さんと呼んでいた頃からである。

 理由はわからない。

 踏み入ってはいけないもののように感じていたのだろうか。

「近々、食事する予定なんだよ」

 だから、質問をする時は自ずと、既に知っていることを確認するようなものばかりだ。

「別れたんだよね」

「うん。でも、いい友達っていう、付き合いは続いてるから」

 そうしたい、と言っていたのも知っている。

 そう、と言ってから、マフラーを鼻下まで引き上げた。吐いた息の水分が、マフラーの中で湿ってすぐに冷たくなる。高架下にまで横殴りに、雪は吹き付ける。

「だから、二人で食事じゃないんだけど」

 構内の手すりや植木の上にうっすら積もっていた雪を、はしゃいで集めて作った小さな雪だるまを、手に持ったまま、ふぅん、と言った。

 温度が低いせいかベタつくことなくきらきらと光って積もっていた雪を、掌の熱で押し固めて作った。被った帽子の示すまま、自分は道化に見えただろう。

 面白い、と笑ったその顔は、しかし今は暗闇で見えない。

 声のトーンは低い。

 ガードレールの上に雪だるまを置いた。振り返るとそのシルエットがやたらと可愛らしく、置いてきたことを少し後悔した。

 エレベーターに乗って、ようやく寒風を遮った空間に入った。上昇していく箱の中で、すん、と鼻をすすりあげる音が聞こえた。

 明かりは充分だったが、彼女の顔は見えなかった。

「でもそれは、人間が出来てないと無理だよね。大したもんだよ」

「え?」

「だって、別れたばかりで、どっちかが未練があったりしたら、それは無理でしょう」

 半年前、父が女と借金を作って出て行ったような我が家。

 家にろくに金も入れないようなその父が「生クリームってどうやって作るんだ」とフレンドリーにも程がある電話をかけてきて、それにキレるような母ではこのような関係は望めまい。恋人と、子持ちの夫婦ではまた大分違うのだろうが。

「うん、いや、未練はあるよ、きっと」

 この答えも知っている。

「どっちかっていうか、お互いに、未練はあるけど」

 それなら尚更、人間が出来ている。

 出来すぎている。

「うん」

 頷いたが、それでどうして別れようと思うのか、やはり解らない。だが、それを言及する気は無い。

 地上から数メートル上空の駅は、暗闇に浮かぶ蛍光灯のように明るく透明で細長い。雪が降り注ぐ上空から、地上までの間に存在している駅。ガラス張りの外には強大な廃墟と雪と暗闇。

 座ったベンチは冷たく、尻から温度を奪って、腰に悪寒を伝えた。ぞく、と小さく身震いする。

 また隣で、ずっ、と鼻をすすり上げる音が聞こえた。

「駄目だぁ」

 はあ、と溜め息と一緒に、声がこぼれた。

「鼻水が出て来た……」

「風邪かね」

 うう、と唸り声のようなものが聞こえた。ベンチに座って俯いた彼女の顔は、その長くまっすぐな黒髪でやはり窺い知れなかった。その体勢のまま、彼女は鞄の中からハンカチを取り出した。

「寒いからねぇ。薄着じゃ駄目だよ」

 彼女を見ないよう目をそらして、ガラスの向こうの暗闇と、そこにあるはずの廃墟を見ようとした。

「でも冬は好きだよ。冬生まれだしね。季節では何が好き?」

 問うのは当たり障りの無いような。ああ、これも聞いていた気がする。

「春、かな」

 くぐもった声が聞こえた。

「花が咲くから」

 そういえば彼女は春生まれだったかと思ったが、口には出さなかった。

「お花屋さんだもんね。春はあんまり好きじゃないんだけど、桜が咲くからなぁ、やっぱり好きだな」

 降り注ぐ雪に桜を見た。ただしこんな上空には散らないだろうが。

「冬は……空が綺麗だから。星が良く見えて好き」

 水気の多い吐息と共に、彼女が言った。

 うん、と言って、彼女の代わりに空を見上げるが、無論曇り空で、星など見えはしない。

「夜に会うことが多かったからさぁ」

 もともと少しビブラがかった彼女の声は、ここに来てやはり波を伴っていた。

「星とか、一緒に、よく見た……」

 ずずっ、と鼻をすする音。

 軽く奥歯を噛み締めて、そのまま暗い空を見上げ続けた。

 笑いを望む者になら、自分の道化は有効なのだが、相手が望んでいないなら、むしろその逆を望んでいるのなら、それは、ただ馬鹿みたいに聞くしかないのだ。

 悲しいのなら、ならば何故彼と別れたのだと問うのは簡単だった。よりを戻せと言うのも、相手もそれを望んでいると言うのも、そんな誰もが言っただろう台詞を繰り返すのも簡単だった。

 だが、それに対する返答が全てわかっていて尚、彼女に対して言及することは出来なかった。彼女の意思も、彼の意思も、そこに赤の他人が何か言うことで変わることは無く、変えることは出来ないのだった。

 そしてそれ以前に、自分の声で沈黙を破りたくなかったのだ。

 こんな時の沈黙でさえ、自分を心地よくさせる彼女との時間の共有は、何と残酷なのだろうと思った。

「あー、鼻水止まんないや……」

 ふふっ、と漏れた吐息は、それは笑いなのか、それとも。

「……私も鼻水出て来た」

 もらい鼻水、なんて聞いたことが無い。

 ああ、道化師失格だ。

 リニモが来て乗り込む時、「涙で落ちないマスカラが欲しいよ」と彼女がぽつりと言って、しまった、という感じで黙り込んだので、「普通に売ってるんじゃないか。落とす時面倒だろうけど」と何気なく言った。

 その時の数瞬の沈黙だけは、正直心地よくは無かった。

 それから地下鉄に乗り換えて別れ際まで、授業のことや動物のことなどどうでもいいことを話した。時折混じる沈黙は、やはり心地よく、ただし少しばかり痛みが伴った。

 動物園、プラネタリウム、美術館、博物館に行きたい、と口調のテンポに任せて並べ立てられた文化的行き先に、

「行きたい所ばっかりだね」

 と言われた。金と時間さえあればね、と言ってから、

「何処か、行きたいところは」

 と、また当たり障りの無いような、しかし聞いた覚えはない問いを口にした。

「別に何処にも行きたくないなぁ……仕事してたい」

 体動かしてたいな、考え事したくない。そうも言った。

「今はなんかもう、何も欲しくないや……」

 その根底にあるものがやはり解るので、そう、と言って自分だけ地下鉄を降りた。

 出口から出ると、曇り空だけが広がって、雪は止んでいた。高台の大学や、あの駅だけが雪に包まれていたのだろう。残念さが心に沁みた。

 それとも、彼女と一緒だったから降っていたのが見えたと、そういうことかもしれなかった。

 何も欲しくない、彼女は言ったけれど、おそらく新しいマスカラを買うんだろう。

 出来ることなら今日の雪のように、きらきらとしたマスカラがいい。色が黒でも、それは何かの結晶のように、彼女の瞼を冷やすだろう。

 ただ、どれだけそれが綺麗でも、おそらく彼女の涙には敵わないのだろうなという確信があった。

 いっそ、凍らせるだけの温度の中で、泣けば良いと思う。そこには白い沈黙だけがあるのだから。











 本当に素敵な娘なんですよ……。

 君に幸あれ。
PR
Comments
Name

Subject

Mail

Web

Pass
Comment


Trackbacks
TRACKBACK URL :
忍者ブログ | [PR]

(C)白黒極彩色 / ブログ管理者 No Name Ninja
Blog Skin by TABLE ENOCH