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 小話です。

 ホモかもしれない。



 


『フラチナ』



 容易く手に入ったプラチナのピアスはその大きさと値段に比例して手提げの中で軽く踊った。

 十年来の親友の誕生日に毎年毎年一年悩んで結局ギリギリまで買わない俺を嘲笑うように、今年のプレゼントは一ヶ月前にあっさり決まった。

 一ヶ月前、あいつはピアスホールをあけていた。

 ショッピングモールに数点ある宝飾店の中で、「ピアス新作大量入荷」と書かれた看板を出していた店へ足を踏み入れた。

 リングもブレスもペンダントもしないあいつに、その逆でアクセサリーには煩い俺は、毎年アクセサリーを送るべきかで悩んでいた。時には着けられないとわかっていながらアクセサリーを送ったこともある。

 俺はプレゼントの代金に糸目をつけない。それは俺の小さなポリシーで、贈り物をケチるなんて男のすることじゃないと思っている。

 それは、あいつ宛のなら尚更に。

 そんなあいつがピアスホールをあけていた。小さなチタン製のファーストピアスを見せてあいつは笑った。

 何故か胸が痛かった。

 ちなみに俺はピアスホールをあけていない。ただなんとなくあける気がしないだけだ。

 穴をあけるのが怖いのかよ、と友人にからかわれたこともある。そうじゃない、ただしたいと思わないだけだとわざと煩そうに言葉を払いのけた。そのくせ、一見ピアスに見えるようなイヤリングを左耳だけにしていたりするのだが。

 そう、面倒なだけなのだ。穴なんてあけたら、それは傷で、処理とか面倒だし……。

 あいつは、痛いからやんねぇよ、と笑っていたくせに。

 シンプルイズザベストを地で行くような男だ。それがピアスをあけた。俺好みのゴツい髑髏や剣や十字架など重くてしないだろう。かといってメッキや何かで金属アレルギーを起こしそうなパチモンなんて送れるものか。

 どうせなら本物を。

 それも常に思っている。

 そんな俺を待ち構えていたかのように、ガラスケースの中でそれは静かに光った。

 プラチナの、もっともスタンダードなボールピアス。

 拍子抜けした価格だった。俺の四時間分のバイト代くらいの値段の隣に、小さく「Pt」と書かれたプレート。

 女性店員が寄ってきて、彼女に何か言われる前に「これください」と告げた。

 笑顔でラッピングされた純白のケースは、女性宛だと思われたことを明確に示していたが、何、構いはしない。

 黒いファッションバッグの手提げは恐ろしく軽く、俺の心も同じくらいに軽く。だが中身はプラチナの輝きだ。ペースメーカーに使われるような、毒素ゼロの高級さだ。錆びない。腐らない。熱伝導は遥かに早く、体温に馴染むだろう。

 あの形の良い耳朶にこれが光るのだ。

 十年来の親友に送るのに、今まで一番のプレゼントかもしれないと思った。

 アパートの玄関に辿り着く、鼻歌でも歌いだしそうな俺の前に、香水の香りが漂った。

 茶髪の巻き毛を垂らした女が、出て行くところだった。

「あら、お帰り」

 赤い唇がこわばったまま俺にそう言った。

 ああ、と俺は表情を固めたまま頷いた。

 ぎち、と指の骨が鳴った気がした。手提げの紐を握り締めていた。

 冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ。

 動揺するな動揺するな動揺するな動揺するな。

 目を逸らさずに意識だけを外へ向けようとした、だが無理だった。何でぶつかるんだ。何だこのタイミングは。もう少し遅く店を出れば。もう少し遅く歩いていれば。何故今日なんだ。何故今なんだ。

 目が泳いだ。

 冬空の厚い雲から光が漏れた。

 俺を狙ったようにそれは光った。

 白い耳朶。左耳だけのプラチナのボールピアス。

「どこからの帰り?」

 ちょっと買い物に、そう小さく答えた。

「……お父さんにこれ渡しておいて」

 封筒を押し付けて、お袋は俺の横を素通りした。

 甘い香り。美しい肌。老けない顔。俺の母親。

 俺達を捨てた。俺を裏切った。

 美しい母。

 廊下に立ち尽くした俺の舌に鉄臭い味が広がった。唇から出血していた。唇を噛み切っていた。

 アパートのドアを開いて靴を脱ぎ捨てて封筒を放り出して万年床に身を投げた。ちくしょう、と小さくつぶやくと何故か情けなさがこみ上げた。

 畜生、畜生、口に出す声は徐々に大きくなった。布団に拳を叩きつける。間抜けな音が肌に響いた。遅れてがさり、手の甲に紙袋の角が当たって小さく痛みが走った。

 首をひねって右の拳を見た。握り締めたままの袋が紐を捕らえられて倒れていた。左の頬を布団に押し付けると、左耳の耳朶が痛んだ。銀製のイヤリングが食い込んでいる。

 プラチナ。

 それが何を意味するか知らなかったわけではないのに。

 俺が生まれた時から母がしていたプラチナピアス。それは常に左側だけで。いい年して貴金属の好きだった母。派手好きだった母。同年代の子らの母親が老けて醜かったのに対して、俺の母親はいつまでも若く美しかった。

 大好きだった。愛していた。母が俺の全てだった。

 気丈で、手を上げることも多かったが、それは母の信念によるものだった。それは今も疑ってはいない。だが母は家族を捨てた。

 左耳のピアス。プラチナ。

 それは俺の。

 畜生。

 唇を再び噛み締めて血を絞り出すようにした。

 あいつへのプレゼントは、それは銀より遥かに純白で錆びなくて、金より気高く高級で、美しい最高の貴金属のはずだったのに。

 あけられないピアスホール。左耳のイヤリング。

 それは俺が。

 畜生。

 喉から絞り出す声は女の悲鳴のようだった。

 プラチナのピアスなんて、なんて浅ましくて醜くて残酷で未練たらしい怨念がつまったものだったのだ。

 誰か解釈してくれないか。この深層心理を切り開いて俺にでも解る言葉で指し示してくれないか。フロイトあたりなら内臓の奥まで手を突っ込んでくれるのか。

 解っている。そんな複雑なものじゃない。

 気付かずに済めば良かったなんて、そんなものだ。

 コンプレックスか。支配欲か。くだらない醜い浅ましい不埒な想いが根底にあったなんて。

 ああ。喉から声だけが垂れ流された。

 あいつがこのピアスを着ける瞬間、俺は何を考える。

 大好きだ。愛している。お前が俺の全てだ。

 十年来。傍にいて。貴金属で雁字搦めにされた俺の横であいつは身軽に。俺があけないピアスホールをあっけなくも。

 身代わりじゃない。身代わりなんかじゃない。あいつには不可能だ。可能でもしてほしくない。勘弁してほしい。それなのに。

 数グラムの金属。四時間分の給料。

 畜生。畜生。畜生。

 俺は泣きながら袋からケースを取り出した。蓋を開けると薄暗い部屋の中でそれは静かに光った。俺を諭すように。

 糸目をつけない金額。本物志向。胸の痛み。左耳のイミテーションピアス。この十年間。

 解っていたはずだ俺は。認めたくなかっただけだ。

 だがそれがあの女の影響下であることが堪らなく情けないのだ。

 失っているのかどうかも解らない者の為に、あいつへのプレゼントを選んで贈ろうとしていたのかと思うと。

 それは侮辱じゃないのか。

 それは陵辱じゃないのか。

 何処までも不埒な想いが駆け巡る。

 畜生。

 それでも俺はこれを渡すんだろう。美しく気高く純粋な貴金属を。

 それが俺にとってだけどんな意味を持つか解っていてそれを渡すんだろう。

 浅ましく醜く情けないコンプレックスの具現を。

 あいつはきっと見抜いている。おれはそれにようやく気付いた。俺自身見抜けなかったこの不埒な想いを。

 それでもあいつはこれを着けるだろうか?

 俺は布団の上でうずくまった。両手で壊れやすいものを抱えるようにしたケースの中でそれは光った。

 徐々に顔を近付ける。俺の影の中でもそれは光る。待ち受ける剣の先端のように光る。

 左側のピアスに唇で触れた。最高級の貴金属はその最高の熱伝導速度でその身を俺と同じ温度に染め替えた。

 プラチナは不埒な色に染め替えられた。

 それはしっかりと俺の、俺だけの意図だった。









 ……マザコンでホモかよ。救われねェ。

 と、笑ってやってください。



 もう俺死んだ方がいいかもしれない。
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